「物理を学んだのちに、科学技術社会論の世界へ」 横山 広美 リレーエッセイ1-17


物理を学んだのちに、科学技術社会論の世界へ


東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構・学際情報学府 教授
横山 広美

筆者は物理学を学んだ後、科学技術社会論という人文系の研究者になった。最近は、数学や物理になぜ女性が少ないのか、という研究を社会規範やイメージから分析をしている。このほか、科学者の社会への助言の在り方、科学技術政策やAIの倫理も研究対象である。物理学を学んだ後のキャリアにもいろいろある。ここでは私がこのような進路をとることになったのか、紹介したい。

科学雑誌「ニュートン」で出会った物理学

物理学に興味を持ったのは、科学雑誌「ニュートン」を読んだ中学2年生のときだった。カトリックの学校に育ち、朝昼晩とお祈りをする中で、神様はどこから来たのか、神様の神様はいるのか、など漠然と世界の成り立ちに異なる説明を欲するようになっていた。そんな私の様子を察したのか、バスケ部で一緒だった友人のお母様が、「ニュートンは大人向けの雑誌ではなくて、生徒さんも読めるのよ」と教えてくださった。家に積んでいあったニュートンを手にとり、私はものすごく驚いた。宇宙の誕生を物理学で迫ることができると知った衝撃は大きかった。すぐに宇宙物理の魅力に取りつかれた。

中学2年生の一年間で約70冊の一般書に目を通し、内容をノートに写してレポートを書いていった。中学3年生になるときに「ホーキング、宇宙を語る」が出版され、よくわからないながらも一生懸命に読み込んだ。高校になると高エネルギー研究所が開催していた般講演会に行った。そのころ放映されていたNHKスペシャルの「アインシュタイン・ロマン」は特に記憶に残っている。当時のビデオVHSを10秒ごとに止めてノートに書きとった。

私はもともと文章が好きで児童作家にあこがれていた。科学を文章で伝える、考える。そうした仕事をしたいと漠然と思っていた。将来は科学ジャーナリストのような仕事がしたい。でもどうやって?その道筋ははっきりしなかった。そこでまずは、憧れた物理学を学ぼうと、東京理科大学の物理学科に進学をした。毎日、小テストや提出物があり、図書館に集まって勉強をした。講義では解析力学や、結晶学概論の講義が特に面白かったのを記憶している。物理学と社会、特に原爆の関係は常に気になり、マンハッタンプロジェクトについてのレポートを書いたこともあった。

ニュートリノ実験グループでの経験

大学院では高エネルギー加速器研究機構(KEK)の連携大学院制度を用いて、ニュートリノの素粒子実験(K2K)に参加をした。10か国150人の国際共同実験の現場は憧れの世界の最前線であり、正しいことが正しく進む、風通しが良い世界だった。修士1年のときに、KEKから打ち込んだ初のニュートリノイベントがスーパーカミオカンデで確認された。皆がモニターの前に集まって興奮していたことを覚えている。

KEKに平日はずっと宿泊した。学年が上がると装置担当者として携帯番号がシフト部屋に張り出された。夜中に携帯にイタリア語なまりの英語で装置の不具合を言われて駆け付けたことがあった。学生ながら、ちょっと頼られた気分でうれしかったことを記憶している。グループにとって重要な最終解析にも参加をさせていただいたことは本当にうれしかった。

私にとって憧れの物理学を学びその世界に数年間、いたことは、大きな財産になっている。一線の科学者が何を大事にするのか、それをよく学ばせていただいた。何より、物理学の深淵を覗いた経験は非常に大きい。深淵にたどり着くことは私には到底できなかったが、その世界の深みをじかに感じる経験は何物にも代えがたかったと思う。科学とはどういうものかを知ることができた。

物理学での経験を元に科学と社会を考える

その後、科学と社会をつなぐ多くの執筆を行っていたところ、思いがけず東大理学部から声がかかり、科学コミュニケーションという新しい分野の研究を立ち上げる准教授として採用され、広報室のマネジメントも任された。しかし分野を変えるとは、つまり一から勉強をし直すということであり大変だった。学部から博士課程までの勉強を、一人でしなければならない。当時、夢がかなったと思った執筆活動は中断せざるを得なかった。数年間は模索状態が続き苦しかった。ようやく科学技術社会論の研究をできるようになった、と感じたのはごく最近である。この10年、一緒に歩んでくれた共同研究者のおかげである。

2017年にカブリ数物連携宇宙研究機構に着任し、研究の時間を十分にとれるようになったことは大変ありがたかった。前・村山斉機構長の熱意に押されて、日本の物理学のコミュニティになぜ女性が少ないかを社会要因から探るプロジェクトを始めた(http://member.ipmu.jp/hiromi.yokoyama/ristex2017.html)。現・大栗博機構長をはじめ、Kavli IPMUの構成員の皆さんに応援をしていただいており、物理学者やそれを囲む社会を観測対象として、研究をしている。その他にもAI倫理や科学的助言の在り方など、科学と社会の間をつなぐ研究は実社会に必要とされている課題解決の要素もありやりがいがある。

人文系の研究者になるとは思っていなかったが、科学を伝えるだけではなく、社会との間にある根深い問題を掘り下げて考えたい、という願いにつながり、現在、研究を行えるようになった。それに伴った発信も行っているので、結局最初の夢はかなったと言えるかもしれない。指導、支えてくださった皆さんに感謝をすると同時に、色々な形で社会に発信を続けながら、困難な時代に少しでも貢献していきたいと思っている。

【略歴】

出身地 東京都
出身高校 雙葉高等学校
大学院 東京理科大学大学院
現職 東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構・学際情報学府 教授

 

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