「物理を離れて気づく物理の面白さ」
2008年ベトナム大会
吉田 周平
何か特別なきっかけがあったわけではありませんが、幼い頃から理科が好きでした。一般向けの科学書を読んだり、少し離れた街にある科学館に行ったりするのが好きで、テレビの向こうにある世界に憧れるように本の向こう側にいる「科学者」という人たちへの漠然とした憧れを持っていました。中学に入ってからは数学やプログラミングに関心を広げ、高1の時には日本情報オリンピックに挑戦しました。残念ながら情報オリンピックでは日本代表に届きませんでしたが、初めて物理チャレンジに参加した当時、将来は情報分野で活躍したいと思い描いていました。
私が自分の進む道として物理を強く意識するようになったのは、物理チャレンジに参加したこときっかけです。物理チャレンジ、そして物理オリンピックの問題には、高校物理の枠を超えた題材が多く登場します。教科書的な知識から論理をつないで解答に至る道筋は、実際の研究と比較するには余りにきれいに整備された道ではありますが、それまでは本や科学館の展示の中にしか存在しなかった世界をずっと身近に、そして魅力的に感じさせてくれました。それから10年余り、物理への興味に駆り立てられて、博士課程まで走ってきました。
そんな私も、学位の取得を機に物理の研究から離れ、NECで機械学習や画像認識の研究開発に携わっています。この分野では、複雑なデータをコンピュータで自動的に理解することを目指します。中学の頃は情報分野に関心があったと書きましたので、そこに戻ってきたのか、と思われるかもしれません。もちろんそういう側面もあります。しかしそれだけでなく、物理学を学び研究したからこそ気づけた機械学習の面白さがあり、だからこそ今この分野にいるのだと思います。そしてもう一つ、機械学習をしているからこそ感じる物理の魅力があると感じています。
実は、2つの分野には様々な形のつながりがあります。例えば、複雑なデータもそれが生成される過程にはシンプルな物理法則が関わっている場合があります。もし背後にある法則が明らかになれば、それをプログラムに組み込むことでデータの理解を大いに助けることでしょう。また、機械学習には物理から様々な概念が導入され、アルゴリズムの理論的な理解や新しいアルゴリズムの開発に活用されています。複雑な系をモデル化し、理解するために物理学が開発してきた方法や概念がいかに強力で普遍的かということを、物理から離れた今も感じることができます。このような概念の交流の背後には、もちろん人の交流があります。実際、物理出身の研究者が数多くこの分野で活躍しています。私の職場にも物理出身の同僚が多数おり、時折、物理の言葉で議論をすることで普段の研究の新たな側面に気づくこともあります。
物理を離れた今もここまで物理的な考え方を身近に感じられるのは、そもそも機械学習が物理と密接な関係を持っているからかもしれません。ですが、複雑な状況の中から意味ある情報をすくい上げ背後にある原理を探求する、という物理学のスタイル自体は、もっと広く通用するものだと思います。物理オリンピックを通じて物理の魅力に触れた若い人たちが、そこで得たものを糧にまたそれぞれの分野で(もちろん物理でも!)活躍されることを願っています。
【略歴】
出身地 | 広島県福山市 |
出身高校 | 広島大学附属福山高等学校 2009年卒業 |
大学院 | 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程 2018年修了 |
現職 | NECバイオメトリクス研究所 研究員 |
参考写真:ベトナム・ハノイに向かう空港にて