「国際物理オリンピックに参加して」
2007年イラン大会
森田 悠介
このリレー・エッセイのお話を頂き、なぜ物理学に興味をもったか?という点について自分自身で改めて過去を振り返りながら筆をとっている。現在はレーザーを用いた光物性物理学の研究に携わり、日々物理学に接している。物理学は物事のなぜ?と向き合う学問であるという点で自分の性に合っていたというのが興味をもった理由といえるが、そもそも触れる機会がなければ興味をもつに至らない。そこで物理オリンピックへの参加を含めてきっかけのいくつかを述べていきたい。
一番初めのきっかけは小学校の頃の担任の理科の先生であったと思う。まだ物理の”ぶ”の字も知らない頃ではあったが、先生を通じて理科が見せてくれる様々な現象に魅了され理科室にもよく入り浸っていた。次に大きなきっかけは、小学校の図書館にあった、手塚治虫氏がイラストを書いている「まんが・アトム博士の相対性理論」という本との出会いであった。この本は小学生でも分かるようにという意識で書かれている。本当の意味での理解はともかく摩訶不思議な世界を解き明かす物理学の一端に触れることができ、物理学への強烈な憧れを持ったのをよく記憶している。何しろ、タイムマシンやブラックホールなどの夢絵空事のように思える出来事を大真面目に考えていくというのだから子供心にとてもワクワクする感情を抱いたものである。なお宣伝にはなってしまうが「アトム博士の~シリーズ」は相対性理論に留まらずいくつかあるので小中学生の方は機会があればぜひ読んでみてほしい。
かくして物理学に強い憧れを抱いた当時の私は、相対性理論や量子力学について一般向けに解説されている本やホーキング博士の著書などを読みあさった。その原動力は憧れであり、既存の知識体系を習得したいという姿勢であった。そのような私が更に大きな転機を迎えるにいたったのが物理チャレンジ、物理オリンピックである。
高校2年のころ担任団の先生に物理チャレンジへの参加を薦められたのがきっかけであった。そこから次の年は国際物理オリンピックに参加することになったがそこでの経験はそれまでの生活の中では得難いものであった。というのも自分の知っている物理と丁寧なヒントをもとに、自身にとって未知の現象を解き明かしていくという経験は、既存の知識体系を学ぶ行為とは異なるものであったからである。私が参加した大会を例に出してみるとホーキング放射によるブラックホールの蒸発にかかる時間などを計算する問題があった。相対性理論をきっかけに物理学に憧れを持った私が自身の手でこのような問題に取り組めたのは、大きな意味があったと思っている。すなわち憧れの対象から、進む道としての物理学という存在に変わっていく転換点になったのであった。
物理学を探求するということの魅力は、分野を問わず先人の発見した実験的事実や理論的推測をもとに丁寧に推察を重ねて、新たな現象を理解することにあると思う。実はこのスタイルは上で述べたように物理オリンピックの問題にも共通しているように思う。物理学という学問の道を進む上で、補助輪つきの自転車ではあったがそのペダルを漕ぐ最初のステップが物理チャレンジであり物理オリンピックであったと考えている。
国際科学オリンピック日本開催シンポジウムの講演にて
【略歴】
出身地 | 神奈川県 横浜市 |
出身高校 | 筑波大学附属駒場高等学校 2008年卒業 |
大学院 | 東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻修士課程修了 同博士課程中退 |
現職 | 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 助教研究員 |