不確定性の世の中をどのように生きるか?
名古屋大学特別教授
ノーベル賞物理学賞受賞(2014年)
天野 浩
不確定性といっても、ヴェルナーハイゼンベルグの不確定性原理や、小澤の不等式の小澤正直先生の話ではありません。2019年10月にノーベル財団からストックホルムに招待されたときの話です。ノーベル賞授賞式は、毎年アルフレッドノーベルの命日にあたる12月10日に行われます。その約2か月前、医学生理学賞から始まって平和賞に至るまで、週末を除いて毎日アナウンスされる、いわゆるノーベルコーリングが行われます。コーリングと命名されているのは、ノーベル財団の担当者が受賞候補者に電話連絡をして、受賞の意思を確認するためだからだそうです。
2019年のノーベルコーリングの週には、ストックホルムでノーベルティーチャーズサミットという会が開かれ、保育園から高校に至る世界中の先生方が集っていました。テーマは気候変動で、私はその会に招かれ参加しておりました。2017年にノーベル平和賞を受賞したICANのベアトリス・フィンさんも招かれていました。ちょうど講演とパネルディスカッションが終わった後、エチオピアのアビー・アメハド首相が平和賞を受賞したとのアナウンスがありました。最初のアナウンスのとき、アビーがアベと聞こえて、えっ?と思いましたが、すぐに聞き間違いであることが分かりました。
その後、ノーベル財団の方からの取材を受けました。最初は青色LEDのことや最近取り組んでいるパワー半導体のことを質問していただき、すらすらと答えていましたが、最後に
“不確定性の世の中をどのように生きるか?どのように考えていますか?”
と聞かれました。全く予想外の質問でかつ漠然とした質問でしたので、かなり戸惑いました。数十秒考えたのち、今回のテーマである気候変動と絡めて以下の様に答えました。
“世界的な気候変動に関しては、地球全体の平均気温がわずかずつ上昇しているのは、正確なデータ量が増えてきたことから、おおよそ確定的なことであることが分かっています。ただその原因に関しては、とくに人間の社会的な活動の関与がどれくらいあって、我々はどれくらい平均気温の上昇を食い止められるかは、残念ながら、今のところデータ不足で不確定と言わざるを得ません。ただし、日本も含めてアジア諸国に多いのですが、化石燃料をどんどん燃やしてCO2や他の環境負荷物質に変えて、その化学反応により得たエネルギーを人類の活動のために今のペースで使い続けるのは、良いこととは思えないので変えていかなくてはいけません。すなわち気候変動に対する効果がどれくらいかは今のところ不確定な部分が多いですが、化石燃料中心のエネルギー基盤から、よりクリーンなエネルギー中心のエネルギー基盤へ変革するのは、やろうと思えばできることですので、研究者の一人として確定的に取り組みたいと考えています。”
未来はだれに対しても不確定です。未来がどうなるか、歳を重ねた我々でもいまだに不安なのですから、特に若い人が未来に対して不安に思うのは当然のことです。その中で、信念を持って取り組む課題が見つかり、確定的なことを土台にして進めば、少しは不安も和らぐことでしょう。
国際物理オリンピックに参加される皆さんは、人並外れた素晴らしい才能を持っています。今後その才能を土台にして、新しい世界を切り開く先導者となってくれることを祈念しております。
【略歴】
出身地 | 静岡県浜松市 |
出身高校 | 静岡県立浜松西高等学校(1979年卒業) |
大学院 | 名古屋大学大学院工学研究科博士課程後期課程(1988年単位修得退学) |
主な職歴等 | 名古屋大学工学部助手 名城大学理工学部講師、教授 名古屋大学大学院工学研究科教授 名古屋大学未来材料・システム研究所未来エレクトロニクス集積研究センター長・教授 |
その他 | 工学博士(名古屋大学)(1989年取得) |