私と物理「ラジオ少年から宇宙の研究者へ」
日本学術振興会学術システム研究センター所長
東京大学名誉教授
佐藤 勝彦
私は小学生の頃からベルをつくったり、モータをつくったりするなど電気工作が好きな子供だった。あるとき、父親にねだって鉱石ラジオのキットを買ってもらって作ったことから、電波というものが不思議でたまらくなった。何も見えないのに、たくさんの電波が飛び交い音の信号を伝えてくるからである。鉱石ラジオは今でも子供たちに人気のあるものだが当時の鉱石ラジオは、今のゲルマニウムダイオードのような検波器はなく、本当に黄鉄鉱などに針を接触させる、名前通りの鉱石ラジオだった。感度も低く、小さな音しか出ないので、自分で自宅の屋根に上ったり、隣の松の木に上って、高くて長いワイヤーのアンテナをつくったりしたものである。だんだんラジオに凝って近所の壊れた3球真空管の再生式ラジオをもらって修理したり、高学年になると5級スーパヘテロダインラジオを、また中学生になるとテレビのキットを組み立て白黒テレビも組み立てた。アマチュア無線にも興味を持ったのでアマチュア無線士の国家試験の勉強を始めた。しかし共振周波数を計算する式 を知っていても、学校ではまだ平方根も開平方の計算法を習っていなかった。急遽、この計算が試験に出てもすぐ解けるように自分で勉強した。国家試験には結局この問題は出題されなかったけれど、この勉強はすぐに役立った。それは、その直後、G.ガモフの解説書「不思議の国のトムキンス」1)で、特殊相対性理論を知ったからである。この本は、私たちの世代にとっては子供向けの当時最高の相対性理論や量子論の解説書だった。その中に、仮に光の速さが列車の速さ程度だという「不思議の国」で、年老いたおばあさんが、汽車から降りてきた中年の紳士に、「お爺さん、お帰り」と声をかけるシーンがある。お爺さんはセールスマンで絶えず列車に乗って駆けまわっているため、孫娘より歳をとらなかったのである。光速に近い速さで運動する物体の時間は遅く進む相対性理論の効果の紹介なのだが、中学生の私には大変なショックだった。観測者の時間、Tは運動する物体の時間をtとすると簡単に と表せる。ここでcは光速、vは運動の速度である。この式は、ピタゴラスの定理と平方根さえ知っていれば、中学生でも簡単に導出できる(例えば私の文庫本解説書2))。特殊相対性理論は光速不変の原理と座標の相対性原理の意味さえ理解すれば高等数学など無しにちゃんと理解できる。物理学の面白さを知り、当時唯一の日本人ノーベル賞、受賞者である湯川秀樹先生にあこがれ京都大学に進んだ。湯川先生自身やその指導を受けた先生方から、特殊相対性理論を重力まで含むように拡張した一般相対性理論を学んだ。リーマン幾何学など数学的準備が必要だが、それでも、この理論の中核であるアインシュタイン方程式(重力場の方程式)は、実にすっきりした2つの原理、重力と加速度の等価原理、そして物理法則はどんな座標系でも同じような数式で書けることができるという一般相対性原理を立てれば、容易に導くことができる。この時、「なんと美しい方程式なのだ!」と心底から感動した。もちろん、電磁気学の基本方程式、マクスウェルの方程式など物理学の基本法則も美しい。この宇宙はこれらの美しい物理法則にしたがって誕生し、進化しているのである。その結果、人類など知的生命体も含む多様で美しい現在の宇宙が実現しているのだ。私は物理学に基づき宇宙の誕生・進化の研究している。この半世紀、宇宙の研究は劇的に大きく進んだ。特にブラックホールや重力波など相対論的宇宙物理の進歩が群を抜いている。私達は宇宙の始まりから現在の宇宙に至る進化を基本的に知る事ができたと信じている。しかし、知れば知るほど今まで考えも及ばなかった謎も見つかるのが科学の常である。現在の宇宙には正体不明なダークエネルギーが宇宙の物質エネルギーの70%も占めていることが分かっている。同じく正体不明な物質、ダークマターも25%を占めている。私達がよく知っている原子、分子など通常の物質はわずかに5%に過ぎない。これらは、私たちが知っている量子論や相対性理論を越える、より深い真理、究極の物理学への重要なヒントになるものだろう。アインシュタインは「深く探求すればするほど、知らなくてはならないことが見つかる。人間の命が続く限り常にそうだと私は思う。」と語っている。多くの若者が物理学の研究にチャレンジされることを期待したい。
1) G.ガモフ 「不思議の国のトムキンス」伏見 康治訳 白揚社、[復刻版] 2016年
2) 佐藤勝彦 「相対性理論を楽しむ本 」 PHP文庫 1988年
図 年老いたおばあさんが、汽車から降りてきた若いままの祖父に「お爺さん、お帰り」と出迎える場面1)。
【略歴】
出身地 | 坂出市 |
出身高校 | 香川県立丸亀高校 1964年卒業 |
大学院 | 京都大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了、1974年 |
主な職歴等 | 日本学術振興会奨励研究員、京都大学物理学科助手 東京大学理学部物理学科助教授、教授、ビッグバン宇宙国際センター長 明星大学客員教授、自然科学研究機構長を経て現職。日本学士院会員。 |
その他 | 日本物理学会長、国際天文学連合宇宙論部会長、 日本学術会議会員、またその連携会員(第3部)などを務める。 |